5月19日、長野県大町市の博物館「塩の道ちょうじや」で開催された、「信州 塩をめぐる冒険」結団式。長野放送・重盛赳男アナウンサーの司会・進行で、まずは子供たちの自己紹介タイム。あわせて「これから勉強したいこと」を発表してもらったところ、子供たちは、実にさまざまな興味・関心を持っていました!
【海に関する疑問】
「海と長野県のつながりを知りたい」「海に流れる川のことを知りたい」「海の水がなぜしょっぱいか知りたい」「海にいる魚のことを勉強したい」
【塩に関する疑問】
「塩は何でできているのか知りたい」「海の水からどうやって塩を作るか知りたい」「昔と今の塩の作り方の違いを知りたい」「昔は塩をどのように活用していたのか知りたい」「塩の保管のしかたを知りたい」
・・・気になること、分からないことがたくさんありますが、これからこの活動を通じて調べていきましょうね!
また、主催者あいさつで、海と日本プロジェクトin長野県実行委員会の高橋潤委員長は「自分たちの住んでいる地域と海の関係、たとえば『塩はどうやって運ばれてきたのか?』など、さまざまな疑問について、みんなで調べて発表し合いながら、楽しく学んでいきましょう」と、子供たちに語りかけていました。
続いて、長野県立大学 健康発達学部 食健康学科の中澤弥子教授が、海と塩に関するミニ講義を開いてくれました。面白いお話をたくさん聞かせてくれましたので、その一部をご紹介しましょう!
【お魚を育てているのは長野県!?】
「日本のまわりの海では、いろんな種類の魚を、たくさんとることができますね。それはなぜかと言うと、日本のまわりの海に、魚たちのエサがたくさんあるからなんです。エサのもとをたどると、長野県にも行きつきます。落ち葉をはじめ、栄養を含んださまざまなものが川を伝って流れていくことで、海にプランクトンが育って、それをエサとする魚も育ちます。日本人が豊かな魚を食べることができるのは、長野県の山や森林、地下水のおかげと言うこともできるんですよ」
【塩イカのこと】
「長野県、特に南の地域の名物として食べられている塩イカ。海のない長野県で、どうしてイカが名物なのか不思議ですよね。昔の人は、イカを長野県に運ぶために、2つのことを考えました。まず、ゆでて火を通すこと。次に、イカの中に塩を詰めて運ぶこと。こうすることで、遠くまで腐らせないで運ぶことができ、長野県の名物になりました。また、一緒に運ばれてきた塩を大事に、上手に使う文化も発達しました」
中澤弥子教授のミニ講義は、まだまだ続きます!